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投稿者
07’
03/13
(火)
マルヤマです。
では、スポーツネタ路線から脱却して、神様ネタでいきます。
題して、栗山町に神降臨?
日本国憲法の第一条に、日本国の象徴と書かれている天皇にしました。
町史には、昭和29年と昭和36年に天皇が栗山の地を踏んだと記載されおり、何故、天皇が栗山町に来たのか調べてみると?
【昭和29年は】
戦後の復興に頑張っている国民へ激励と慰問を目的に栗山町に来た。
【昭和36年は】
支笏湖で行われた植樹祭の関係で北海道に来たときに、栗山町の王子緑化研究所にも寄った。
と、かなり簡略しましたが、こうゆう目的だったそうです。
町史だけでは、当時の状況がよくわからないので、当時30歳代だった私のばあ様に話を聞いてみました。
ばあ様談
「昭和29年のときは、当時の栗山中グランドに、幌向、栗山、由仁、長沼から天皇陛下の元に大勢の人が集まったんだよ。みんな、正装して、笹の茎と半紙で作った国旗を手に持ち一生懸命振ったもんさ。まだ、当時は、天皇を神様として見ていたので駅前を通った時は顔を上げることが出来ず、通り過ぎた後しか見ることが出来なかった」「昭和36年のときは、あまり覚えていないけど、聞いた話では、栗山駅に到着した御召列車は茶色っぽい色をしていて、菊の紋がきれいに輝いていたようだよ」と話してくれました。
ちょっと記憶が薄れているばあ様に、聞き取ることはこれが限界。他に当時のことを知っている人がいれば、付けたしをお願いします。
当時の写真はこちら↓
昭和29年その1
昭和29年その2
昭和29年その3
昭和36年その1
昭和36年その2
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栗山町の概要
大きな地図で見る
位置・地勢
道都札幌市や港湾苫小牧市、新千歳空港に約1時間の道央圏に位置し、北は屈足山系と東は夕張山系につづく緩やかな丘陵地帯で、夕張市と接しています。南西を蛇行しながら流れる夕張川は、由仁町、長沼町との境界となり、やや南北に細長い町が形成されています。
地名の由来
アイヌ語の「ヤム・ニ・ウシ=栗の木の繁茂しているところ」に起源。
町花
ユリ
(1978.8.31制定)
町木
栗
(1978.8.31制定)
姉妹都市
宮城県角田市
(1978.8.26締結)
土地
総面積203.84km2
東西17.5km
南北25.1km
(2009.1.1現在)
気象
平均気温7.2℃
(最高36.3℃ 最低-22.4℃)
降雨量1,827mm
降雪量536cm
人口
住民基本台帳
(2009.2.1現在)
総人口13,802人
世帯数6,081世帯
→ 詳しくは栗山町ホームページへ
