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投稿者
06’
08/28
(月)
こんにちはクボです
さて、マツカワさんの投稿にありましたが、日出の二股共同墓地で平成18年度中国人殉難者供養会が行われました。これは、第2次大戦中、角田炭鉱に強制連行され命を犠牲にされた中国人の霊を追悼しようと、昭和47年から行われているそうです。
今回は重たい話題ですが角田炭鉱での強制労働について書きたいと思います。
栗山町史によると・・・
「角田礦に入山した中国人は自由募集の方法であったといわれるがワナにはまったり、誘拐されたり、事実は強制連行であった」
と書かれています。
また、中国人労務者の就労については・・・
「戦争の疲労で体位が低下していて、体重は50キログラムに満たない状況にあった。角田礦も極度の食料不足のため、麦粉入りの野菜粉食のマントウ(まんじゅう)を与えたものの、量が少なかったので空腹のあまり草をむしって食べ、坑内の充塡粘土まで食べていたという。強制労働に加えて、食糧不足、栄養失調、伝染病の蔓延が重なり、異国の角田礦で思いを馳せながら斃れる者は跡を絶たず、終戦により帰国するまでに永眠した霊は、実に76名をかぞえた」
とあります。
今回行われた中国人殉難者供養会に、当時14歳で強制労働させられた中国人男性、鳳儀萍(ほうぎひょう)さんが61年ぶりに来道し、虐待などで亡くなった仲間を慰霊したそうです。
鳳さんは強制労働の厳しい生活下、北海道に強制連行された約300人の名前や住所をノートに記録。そのリストや、死亡した人の死因などをまとめた「生死の記録」を上海淞滬抗戦記念館に贈ったそうです。
鳳さんは「当時の真相は死亡した人たちの家族にも知らされておらず、すべてを告げる責任が私にはある」と話し、また、中国人殉難者供養会が毎年行われていることを知り「昔のことをしっかり覚えていてくれた栗山の人たちに感謝している」と述べたそうです。
道内各地の炭鉱で行われていながら、なかなか知られていない暗い過去「中国人の強制労働」。
このような悲惨な出来事を風化させることなく語り継いでいくことは、とても重要なことだとあらためて感じました。
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栗山町の概要
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位置・地勢
道都札幌市や港湾苫小牧市、新千歳空港に約1時間の道央圏に位置し、北は屈足山系と東は夕張山系につづく緩やかな丘陵地帯で、夕張市と接しています。南西を蛇行しながら流れる夕張川は、由仁町、長沼町との境界となり、やや南北に細長い町が形成されています。
地名の由来
アイヌ語の「ヤム・ニ・ウシ=栗の木の繁茂しているところ」に起源。
町花
ユリ
(1978.8.31制定)
町木
栗
(1978.8.31制定)
姉妹都市
宮城県角田市
(1978.8.26締結)
土地
総面積203.84km2
東西17.5km
南北25.1km
(2009.1.1現在)
気象
平均気温7.2℃
(最高36.3℃ 最低-22.4℃)
降雨量1,827mm
降雪量536cm
人口
住民基本台帳
(2009.2.1現在)
総人口13,802人
世帯数6,081世帯
→ 詳しくは栗山町ホームページへ


小山内征幸
2010年10月19日懐かしき我がふるさと 兄弟五人のうち4人が角田こうの生まれです
小山内征幸
2010年10月21日強制労働のことは 母から聞いて居りました。フォン先生の本に、角田鉱ここが地獄の入り口だの叫びは、私には肺腑をえぐられるような気がしました。日本に連行され非業の死を遂げた朝鮮、中国の人たちの御冥福を心からお祈りいたします。